南中ソーランとは

「南中ソーラン」の成り立ち

80年代から90年代初め頃まで、 北海道稚内市にある稚内南中 学校(通称“南中”)は荒れた学 校として人々に知られ、先生と 生徒の間には深い溝があった。 しかし、島田先生と、民謡歌手 の伊藤多喜雄氏の“ソーラン節” との出会いが、次第に生徒たち を変えてゆく。 北海道の民謡“ソーラン節”は、 伊藤多喜雄氏によって、アップ テンポで力強い曲へとアレンジ され、そこに日本舞踊家の春日壽升(かすが じゅしょう)氏と生徒たちが、ジャンルにとらわれない激しい振付を 考えつくりあげた。こうしてうまれた「南中ソーラン」は、最北の風や雪、カモメ、漁師、そして海峡の町(稚内)を力 強く表現した作品として仕上がった。 “心を一つにして、日本一を目指そう!”というスローガンの元、「南中ソーラン」は、1993年、第10回日本民謡大 賞で内閣総理大臣賞を受賞し、過去に例のない高得点を獲得する。 1997年7月2日、テレビ東京で放送された「ドキュメンタリー・人間劇場」では、大賞受賞までの軌跡と、そのパワ フルで心に訴えかける「南中ソーラン」の魅力が紹介され、多くの人に感動と共感を与えた。 その後、実際に「南中ソーラン」に取組み、その魂に魅せられた人々は全国で増えつづけ、今では海外にまで広 がっている。 「南中ソーラン」は別名「TAKIO SORAN 2」や「ロックソーラン節」とも呼ばれ、全国各地で、主に運動会や体育 祭、文化祭などで実践されている。



伊藤 多喜雄氏の南中ソーランに対する思い

学校嫌いの子どもの心を捉え夢中にさせる南中ソーラン。 思春期の少年だからこそ難しく、素直で、夢中になった。 喜び・楽しみ・悲しみがあり、生きる希望、この絆が活力 だったのではないだろうか。少年・子供が元気なこと、 それは、親を喜ばせ、老人に力を与える。 そして、幼い子供たちに希望を与え町に活気をもたらす。 南中ソーランの中に、子育て、町づくりのヒントがある! 人と人とのつながりは南中ソーランの原点となり仲間と 心を一つにする達成感があるのだ。